環境問題を語るうえで、よく3Rということがいわれますよね。
3Rとは、Reduce(減量化)、Reuse(再使用)、Recycle(再資源化)の3つの頭文字をとったものであることもよく知られているところです。
ところで、この3つの要素がすべて同じプライオリティをもっているわけではありません。環境配慮的には、Reduce→Reuse→Recycleという優先順位で、廃棄物を減らすことがよいといわれています。
でも、昨今、Recycleばかりが強調されて、ReduceやReuseは何か忘れられているような気がしませんか。もっといえば、リサイクルと名のつく行動であれば、何でも「地球にやさしい」という風潮すら生まれているような気がします。本来は「手段」であるはずのリサイクルが、「目的」となっているケースもあるようです。(そういった観点から、武田邦彦先生の著作、たとえば「環境にやさしい生活をするために「リサイクル」してはいけない」や「リサイクル幻想」などを、ぜひとも読んでみたいと思っています。)
では、そもそもなぜ3Rということがいわれるのでしょうか。
3Rが目指しているもの、それは「環境負荷を削減して地球環境を保全する」ことのはずです。
削減すべき環境負荷はいくつもあります。したがって、ここで重要なことは、あるひとつの環境負荷にだけ着目するのではなく、あくまで「トータルの環境負荷間のバランスをとらなければならない」ということだと思います。
たとえば、原子力発電所。確かに、発電だけをとらえれば、火力発電所などと比較して、「温室効果ガス」の排出量は極端に小さいはずです。しかしながら、複雑で堅牢な施設を必要とする原子力発電所の建設に際して投入されるエネルギーやそれに伴って排出される温室効果ガス、また、稼働中に産出される放射性廃棄物が環境に与える影響、さらには、発電所を閉鎖・解体する際にも莫大なエネルギーを投入しなければならないことは想像に難くありません。発電中の「温室効果ガスの発生」だけにとらわれて、建設から閉鎖までのトータルの環境負荷を考えなければ、その是非を論じることはできないはずです。言い換えれば、発電に伴う温室効果ガスの削減の価値が、そのほかの環境負荷全体の費用よりも大きければ、原発を推進すべきでしょうし、そうでなければこれ以上増やすべきではありません。
このように、3Rの推進にあたっては、ひとつの側面だけにとらわれず、あくまでトータルの環境負荷削減を考えなければなりません。
ReduceとReuseは追加投入すべきエネルギーはない
先ほどRecycleばかりが強調されているというお話をしました。
本当にリサイクルは環境にいいのでしょうか。
よくよく考えてみると、リサイクルというのは一度合成されたものを分解して、あらたに資源を取り出すという行為です。「エントロピー増大の法則」によれば、合成されたものを元に戻すには多大なエネルギー投入が必要です。
もうお気づきかと思いますが、ここで評価しなければならないことは、リサイクルによって得ようとしている資源の価値が、リサイクルの過程で投入しなければならないエネルギーの価値を上回っているか否か、ということです。
したがって、あるリサイクルが真の意味で「地球のため」になっているかどうかは、このような分析を行わない限り一概にはいえません。
こういった意味で、先頃話題になったいわゆる「グリーン商品偽装」に関しても、『国の政策としてグリーン商品の開発や生産を強制され、実際に開発・生産を行ったものの、コストやその他の環境負荷が大きすぎて、偽装せざるを得なかった』というのが、真相に近いのかもしれませんね。
翻って、ReduceとReuseはどうでしょうか。
Reduceとは減らすこと、つまり、「本当に必要なものしか買わない、使わない」という発想ですよね。ムダをなくすということです。ムダをなくす行動には、エネルギーを投入する必要はないですね。
さらに、Reuse。これは「使えるものは捨てないでもう一度使う」ということです。いままで使っていたモノが不必要になったら、捨てるのではなく、フリーマーケットやバザーなどに出して、誰かに再利用してもらうという形が一番わかりやすいでしょうか。ここにもエネルギー投入という余地はありません。
したがって、3Rの推進にあたっては、ReduceとReuseを本旨とすべきで、Recycleの推進については、「費用と便益の分析」をしっかり行ったうえで実施すべきでしょう。
すべてのリサイクルが地球環境にいいわけではないという視点
「すべてのリサイクルが地球環境にいいわけではなく、あくまで個別にその是非を検討すべき」という視点を多くの方々にもっていただきたいと思います。
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コメントをいただいたのは大変ありがたいのですが、文体が余りにも乱暴で、お名前やアクセス先も記されていなかったので、公開は差し控えさせていただきました。このブログは、わが社の社員やお取引先を想定読者としてスタートさせたものです。したがって、乱暴な文体のコメントはそうしたブログにはそぐわないと思い、公開を控えました。ブログの趣旨を斟酌いただき、よろしくご寛恕いただきますようお願いします。
さて、その武田先生の件について、私が思うところを以下に記します。
まず、誤解していただきたくないのは、私個人は武田先生のご見解を支持する立場にはないということです。また、武田先生の著作は読んだことはありません。
先日、「たかじんのそこまで言って委員会」で、武田先生と、バイオソリッドエナジー社のプロジェクトに関してご指導をいただいた慶応義塾大学の細田先生とのディベートが放映されていました。少し前の話なので、詳しい状況はあまり覚えていませんが、個人的には細田先生に分があったように感じたのを覚えています。
では、なぜ本記事において、「武田先生の著作を読んでみたい」と記したかというと、ある方のトラックバック(http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_0a17.html)がきっかけでした。個人的には武田先生のお立場を積極的に支持するものではないのですが、一方で先生のお立場を強く支持する方もたくさんいらっしゃる。よほど独善的でない限り、世の中の「ある事象」にはさまざまな見方が同時に存在することには異論はないかと思います。だとすれば、世の中を「複眼的」にみることは大事なことだといえるでしょう。そういった意味で、武田先生の著作を拝読させていただくことは、とても大事に思えたのです。また、違った立場からの主張にも、示唆に富むものもあるかもしれません。
そういった意味で「武田先生」に関する記述をしたということをご理解いただけれると幸甚です。